2015年8月19日水曜日

東南アジアでプロジェクトをもつということ

House in Pakseのスタートから完成までをまとめてみました。
東南アジアでプロジェクトを進めることの特異性を理解して頂けると思います。


1. プロジェクトの打診
2011年の夏、ラオスのプロジェクトに興味がありますか?と連絡があったので、もちろんあります、と答えました。早々に概略の打合わせをして、まずは現地へということになり、その1週間後にはベトナムを経由してラオスのPakse空港へと向かうプロペラ機に乗っていました。

[国営Lao Airのプロペラ機 | ホーチミン空港にて]















2. 現地確認
飛行機のなかから、あそこがその建物ですよと言われました。首都に続く第二の町とはいえ、Pakseという小さい町のなかに、明らかにスケールが違う宮殿のような建物がはっきりと見えました。その建物の目の前を、雄大なメコン川が流れていました。

[定宿のホテルから眺めた敷地全体の様子。左手がメコン川]
















[夕暮れのメコン川]
 

















空港にはクライアントが迎えに来てくれていて、それが初めて彼女と会った時です。20代のベトナム系ラオス人女性で、このプロジェクトは彼女の自宅のインテリアを計画するものです。敷地を案内してもらったり、その他にこの場所がどんな地域なのかをなるべく体感しようと、あちこちに連れていってもらいました。
建物自体はタイ人の建築家によって設計されたもので、内部にはその設計による間仕切り壁が工事途中で放置されていました。

[中断されたままの現場現況]















3. 調査
東京に戻り、現地で行なった情報を整理しながら、あらためて様々な調査とヒアリングを一気に行ないました。その作業を通じて、プロジェクトの作業ボリュームを定義します。不明なことも多いですが、ある程度を仮定しながら大枠を決めるような作業です。
ラオスでの建築工事は基本的にタイやベトナムなど、隣国からの長期出張による職人達によって行なわれています。工事請負は法人で行なう場合もありますが、個人の工事監督がパラパラと注文を受けて行なう場合も多いです。それは工事規模に関わらないので、工事体制はかなり複雑です。そのあたりの実情を読み解いていくことが非常に重要になってきます。私達はアメリカやヨーロッパにもプロジェクトがありますが、それらの国々とは異なり、ラオスにはローカルアーキテクトなどという概念は存在しないので、ケースバイケースでゼロレベルから調査することが必要になります。

4. 契約書作成
調査をもとに設計及び監理費の算出を行い、英語による契約書ドラフトの確認と合わせて見積交渉を進めました。なお、外国のプロジェクトの場合には交通費と滞在費については、実費として別途にするケースが多く、今回もそのようにしました。契約書の文言等を調整してのち、設計契約を東京で行ないました。

5. 設計
設計契約後、直ちに現地訪問しました。建築図面があったのですが、どこまで現実との整合性があるのかが不明で、一番最初にすべきことは全て実測することでした。寸法はもちろん、構造を含めて詳細に調査しました。さらに設備インフラについても把握する必要がありましたが、分ったことは「何も来ていない」ことでした。そもそも建築が出来上がっているにも関わらず、何一つ配管的なものが外部とつながっていないのです。つまり建築工事を行なう必要が生じました。このプロジェクトは契約としてはインテリアデザインでしたが、建築工事を含めて考える必要が生じました。日本であれば、建築を工事した会社や担当者に聞いてみるところですが、そういう立場の人とはすでに連絡不能、あるいはそもそも全体を総括しているような立場の存在がないという状況です。地道にヒアリング、調査、推理をしながら状況を読み解いていきました。聞くべき相手がおらず、誰に聞いたら良いかを誰も知らない。そういう、途方に暮れるような状況はラオスに限らず、都南アジアではよくあることです。設計期間は、ほぼ全て調査期間とも言えます。

[レーザーで寸法を実測中]















5. 請負業者選定
上述したようにラオスでの工事請負の事情は非常に複雑です。ローカルの業者を探しても全く機能しないことが分っていますので、必然的に近隣諸国でコントラクターを探すことになります。ラオスは内陸国で、タイ、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、中国と多くの国々に国境を接しています。地勢的な理由と建設技術のレベルを考慮してタイ、中国に目星をつけました。Pakseはタイ国境に近いため、職人や材料の手配が容易な上に、タイの施工技術は高い。一方、中国は少し地理的には離れますが人件費や材料コストがタイよりもかなり抑えられることで、バランスが取れます。中国では、海南島で多くのラグジュアリーホテルを手がける施工会社の工事現場と竣工建物を視察に行き、施工レベルの高さを確認できました。最終的にはタイのバンコクにある日系の会社にコントラクターを引き受けてもらい、サプライヤー(下請)としてバンコクとベトナムのハノイに拠点を持つ、やはり日系の会社に入ってもらうことができました。ラオスで日系企業がODA以外で一定規模以上の工事を請け負ったのは、これが史上初めてではないかと思います。それほど様々な困難を乗り越えた末での請負業者選定でした。


6. 工事見積
設計過程ではそれなりに難しい部分もありましたが、やはりポイントは現場との整合性です。日本のプロジェクトで「不明」と言うときの次元とは完全に異なります。現地に行っても不明点が明らかにならないことがほとんどなので、不明は不明なままにしておいて、工事段階で新設するようになることが多いです。つまり、いろいろなことを見込みで設計しておいて、工事段階で対処するわけです。そのあたりの見当のつけかたがとくにコストに反映するため非常に重要になってきます。分りやすい例では、お湯の供給をどうするか、という件がありました。敷地内にある他の建物と共有して使用する「らしい」ボイラー室からお湯が供給される「らしい」という情報がありました。一方で、私達の建物へのその配管経路がどうなるかを把握している人を、どうしても見つけることができませんでした。そのため、建物への引き込み位置を想定して、PS等も配置します。そういう状況での工事見積なので、概算的にならざるを得ないのですが、そうすると非常に高額になってしまうので、決定できる部分とそうできない部分を見極めて、見積りに反映させる作業が重要です。なお結果的には、お湯は最終的にも供給されなかったため、電気式ボイラーをシャワーを含めて、各水栓の近くに設置することで対応しています。それはタイでは一般的なシステムです。

[着工前の打合せ風景]
















7. 工事
工事契約も無事に済み、いよいよ着工となりました。途中、タイでのクーデターが起きたりもして、なおさらではありますが、現場状況を把握することが本当に大切です。クーデター直後、タイからのワーカーが国境を越えられないという事態が発生したり、ラオスへ入国したとしてもタイに戻りづらくなってしまう、というウワサが流れたりしました。時には軍関係者との折衝をコントラクターにしてもらいながら、随時連絡をとり合うことで、混乱のなかでも工事が宙に浮かないように動きました。クーデター直後ではありましたが、軍関係者からの情報を総合して安全だろうという結論を出して、すぐに現地へ状況を確認に行きました。当然に現場の工事管理が乱れて、大きく遅れてしまったことが分りました。そのため、早々に事務所の担当スタッフが1人現地に常駐を開始し、それから完成までの半年間ほど現地で工事監理を行いました。
ラオスに限ったことではなく、東南アジア全般に言えることですが、元請と下請の関係が日本と逆です。下請の立場が非常に強く、下請がへそを曲げると元請がどうしようもなくなってしまうという事態がよくあります。それは職人のレベルでも同じです。大っぴらに批判したり、進捗の遅れを催促すると、ポジティブな方向へは決して向かわず、現場から立ち去ってしまい、二度と帰ってこないということが往々にしてあります。そのあたりは日本のように、工事が進むことを当然だとする思考、論理では通用しません。工事が進まないことは、下請や職人にとっては全く問題ではないのです。そこを心底理解しておかないと、東南アジアでは工事が完成することは永遠にないでしょう。その理解の上で、設計監理者も全力で頭と身体をつかって、職人が動きやすいように様々な準備を万端に用意する必要があります。よく東南アジアでうまくいかなかった事例の話を聞きますが、多かれ少なかれこういった大陸的な思考に馴れなかったことが原因だろうと想像できます。でも馴れて、意識のなかにそういう大陸用のスイッチを持てるようになれば、東南アジアの深い森のなかで当てもなく彷徨うようなプロジェクトにおいて、自分の行くべき方角が見えてくるようになります。

[工事風景]



































8. 完成
かれこれプロジェクト開始から3年半が経ち、2014年の年末にようやく完成しました。広大な敷地にはもともと3棟の巨大な建物が建っていて全体が統一されたヨーロッパ古典調で外観はできています。それが目の前のメコン川の色にも似た黄土色で塗られています。ヨーロッパ古典調にデザインされた外壁と、そこに塗られた黄土色。その2つは非常に強い存在感をそれぞれ放っているように見えました。しかし全体としてはPakseの風景と融合しているようにも感じられ、意外にもその場所に固有なデザインとして存在しているようでした。その印象を私達のインテリアデザインにも持たせたいと思いました。
敷地周辺の風景からインスパイアされた割肌の岩壁、ラオス産のゴールデンチークで仕上げられたチーク壁。そこに大きなガラス壁やステンレス壁が隣り合っています。ステンレスもガラスも、この地域での伝統的で素朴な建物にはもちろん使われていませんが、突然に持ち込まれたこれらの素材が、地域に固有の素材と隣り合うことで、それぞれの存在感を発揮しながら、同時に融合した雰囲気をつくり出しています。

[全景 | 右側が対象建物]  photo : KOICHI TORIMURA